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ブランドについて

hearable LABは世界初のノイズキャンセリングイヤホンの開発で知られる保坂明彦氏とDVD-Rメディアの開発、企画策定や4K UHD Blu-rayのフォーマットの策定で知られる田坂修一氏が立ち上げたオーディオブランドです。

創業者紹介

保坂明彦氏

SONYにて世界初のノイズキャンセリングイヤホンを開発。イヤホンと耳道との密閉度を高める開発過程の副産物として、シリコンイヤーピースをイヤホンの世界に初めて導入。カナル型イヤホンを誕生させた。その後、サムスン電子にてセミオープン型のイヤホンを携帯電話GALAXY向けに開発。現在でも年間8000万台生産されているベストセラーとなっている。

田坂修一氏

PanasonicにてR-DAT,DCC,MDデッキの開発を経てDVD-Rメディアの開発と規格化を主導。サムスン電子にて4K UHD Blu-rayの映像フォーマットを提案、策定。フォーマットを争う技術競争の渦中で30年以上を過ごす。

創業者インタビュー

Q1 : 保坂さんの経歴をお聞かせください。
(保坂氏)私はSONYで世界で一番最初にノイズキャンセリングイヤホンの開発に携わってきました。
その当時、イヤホンはオープン型がメインで、音楽を聴くとどうしても外のノイズが影響して、やはり低音がなかなか聞き取れないとか、迫力にかけるとかそういう問題がありまして、これからのイヤホンはノイズキャンセリングが必要だということで開発を進めてきました。そこで最も大切なことは音の密閉性。密閉性を良くするにはイヤホンの装着感を良くする、ハウジングの構造が一番大切なところでした。

Q2:イヤーピースはその開発の過程の副産物だったと
(保坂氏)そうです。ノイズキャンセリングイヤホンを開発するにあたり、一番重要なことは密閉性であり、
その為に今では常識的になっているカナル型イヤホンのイヤーピースを初めてイヤホンの世界で導入したとうことですね。

Q3:当時はカナル型イヤホンは無かったのですか?
(保坂氏)当時はオープン型のイヤホンがメインでした。なぜカナル型がなかったかというと、密閉すると低音は良く出るんですが、逆に高音が出なくなってしまうんです。すると音のバランスが非常に悪くなり、これは音楽じゃ無い、音楽の世界ではあり得ないと言われていました。

Q4:当時はノイズキャンセリングイヤホンは売れたのですか?
(保坂氏)全く売れなかったですね。こんな商品をSONYとして売るかどうか、非常にもめてました。当
時の事業部長の決断でとにかく商品化しようということになりました。今思えば、その決断が非常に良かったわけです。今ではノイズキャンセリングイヤホンはSONYの利益の柱になっています。

Q5:売れたきっかけがあったそうですね
(保坂氏)その当時の常識からすると音が悪い、低域強調型、迫力はあるけどバランスが悪いとされたこの商品をなんとか認知する為に、
その当時、ミュージシャンに使ってもらおうということになり、ササンオールスターズの桑田佳祐さんに持って行って、コンサートで使ってもらった。するとこの音はいい音だ、迫力があっていい音だ、もしかしたら、新しいイヤホンの音ができるかもしれないと、思わぬ反響がありました。

Q6:その後、サムスン電子にヘッドハントされたそうですね
(保坂氏)その当時、サムスン電子はMP3の商品化に力を入れており、AppleのiPodが世界ナンバーワンだったので、それを駆逐したい、その為にいい音のイヤホンを開発したい、ということが、参加するきっかけとなりました

Q7:サムスン電子ではどういうお仕事を?
(保坂氏)まずはMP3のイヤホンの開発をしました。しかしサムスン電子としてはMP3の経営が良くなくて、
1年くらいで携帯電話の方へ移りました。その当時、折りたたみ式の携帯電話だったのですが、そうこうしているうちにiPhoneが開発されて、これからは音もよくしないといけないということで、イヤホンの重要性がまたサムソン内部で再認識され、開発を進めていこうということになりました。しかし携帯電話はコストが非常に厳しく、安く作らなくてはいけない、安くてしかも音もよくするにはどうすればいいかというところで、密閉式だとイヤーピースなどでコストが上がるので、セミオープン型にしてハウジングの形状だけで低音を出すという方式をとりまして、安くて音質のいいイヤホンの開発を進めました。結果、世界中でそのイヤホンが採用され、年間8000セットくらい未だに出荷していると聞いています。その形がiPhoneの付属のヘッドセットになっていると認識しています。

Q8:田坂さんは映像関連のお仕事とお伺いしました
(田坂氏)私はDVDフォーラムとかブルーレイディスクアソシエーション(BDA)で標準化の仕事をしていました。標準化の仕事は
3年先、5年先を見据えて、今どういうことのフォーマットを作るべきかという仕事なので、このhearable LABをやるにあたっても、オーディオだけでなく将来いろんな機能が入ってくる、その将来を見据えて今どういうことをやっていくべきかというところで、そのフォーマットを作った経験が今の仕事にも役に立っていると思います。

Q9:お二人の出会いは?
(保坂氏)田坂さんとはサムスン電子で一緒でした。田坂さんは映像系だったのですが、
パナソニックだったので、将来もし一緒にやるのであれば、元SONYと元パナソニックのエンジニアが力を合わせて世界へ羽ばたこうというストーリーでやるには最適かなと思い、いろいろな形で将来こうしましょうとサムスン時代に色々話をしていました。

(田坂氏)保坂さんと初めて会ったのは、保坂さんがMP3を開発されていた時に、私はDVDの次世代の光ディスクを研究していまして、その時に特許の褒章の表彰式がありまして、その時に初めて保坂さんを見て、保坂さんも表彰され、私も表彰され、お互い韓国で頑張っているなということで、それから話すようになりまして、お互い技術的に認め合って、将来一緒に事業をやれたらいいなと話していて、今回一緒に事業をすることになりました。

Q10:起業に至った動機は?
(田坂氏)パナソニックでエンジニアとして仕事をして、サムスンで映画会社との交渉であったりとか、標準化のフォーマットを作成する仕事をするにつれ、国際的に活躍できるんじゃないかなと、
自分で会社を作って世界にいいものを売っていきたいなという気持ちが芽生えまして、保坂さんが始めに考案されたイヤホンの形を見た時に、これは一緒にやっていきたいなという気持ちになりまして、二人で世界を目指そうということで、このビジネスを始めました。

(保坂氏)SONYではイヤホンの音質の修行、勉強をしました。サムスンではいかに儲けるか、利益を出すかを学ばせてもらった。世界で初めてのスマートフォン用のヘッドセットの開発に成功し、もしかしたら自分でもできるんじゃないかなという変な自信のようなものが出てきました。サムスンは非常に厳しいところで、何年も居られるところでは無いので、肩たたきになる一歩手前で、自分からやろうという意思で日本に戻って、さらにこの先のイヤホンの世界でやっていこうという気になりました。装着感というのは答えが全くないんですよね、やってもやっても人に文句を言われる世界なんですね。正解がないものに自分の後何年もない人生においてやるのはちょうどいい課題ではないかと、これをとことん突き詰めていくにはやはり会社に在籍するのではなくて、自分一人の立場で自由に発想してやりたい。その一つのテーマ、それは自分のライフワークでもあったわけですが、特に装着性をとことんまで突き詰めていく、そいうい果てしない、私にとっては夢のようなものをやっていきたい、自分の中に非常に強い意志があったので、起業してやりたいと思いました。

Q11:ブランド名hearable LABの由来は?
(保坂氏)イヤホンは音楽を聴くためのツールでありますが、これからは常にイヤホンをして生活するということになるんじゃ無いかというところで、
常につけている、要するにwearableじゃなくてhearable、そういうものを開発したいということで、hearable LABというブランド名をつけました。

Q12:hearable LABの今後の展開は?
(保坂氏)これから描く世界は基本は音楽だろうと思っています。音楽を聴きながら何かをする。例えば、音楽を聴きながら自分の体の状態を常にモニタリングして、インターネットと繋がっていて、
常に会話をしながらやっていく、そんな新しい、単なるイヤホンではない、あえて言えば、スマートイヤホンみたいなものをを開発していくことを考えています。